※「弦」:常用漢字。弓に張る「弦」を表す。
※「絃」:人名漢字であるが常用漢字ではない。琴や琵琶などの楽器の「絃」を表すため「弦」から分かれた漢字。
「弦」と「絃」、どちらの漢字を使用しても間違いはありませんが、
琵琶はやはり”糸へん”の「絃」のほうがしっくりくるような気がします。
今回は”琵琶の絃”についてのお話です。
いつも演奏会において、皆さまからさまざまな琵琶についての質問があります。
その中で必ずと言って良いほどいただくのが「琵琶は何の木で出来ているのですか?」
次いで「琵琶の糸の素材は何ですか?」
という質問です。
"琵琶の木の素材"、につきましては以前のブログに書きましたのでそちらをお読みください(笑)
では、琵琶の絃の素材はさて、何でしょうか?
絃の色が黄色なので「テトロン糸」と思われる方が多いです。
ですが琵琶は残念ながらテトロン糸ではありません。
テトロン糸は湿気や乾燥の影響を受けず、調弦も狂いにくく、音持ちがとても良いという利点があります。
ですので、野外などの湿気や風の影響を受ける場所での演奏にて、テトロン糸は大変助かります。

実際、昨年の夏に鵜飼船の中での演奏させていただいた時は、テトロン糸を使用しました。
船上は風も受けますし川からの湿気のため調弦が狂うのはもちろんですが、絃が切れる可能性もあります。
ですが琵琶の絃は「絹糸」を使用しているのです!
(黄色なのはウコンで染色しているため)
なぜか?
それは絹糸のほうが断然響きが良いからです。
潤い、しなやかさ、余韻の伸び、も圧倒的に絹糸の方が勝っています。
絹糸による楽器糸の生産は平安時代に始まりました。
昔は、京都や大阪など芸能が盛んな地域で多くの楽器糸が生産されていたようですが、時代とともに数は少なくなり、現在では数社のみ。
その中のひとつが創業明治41年の「丸三ハシモト株式会社」さまです。
こちらは琵琶の絃をはじめ、箏、三味線、胡弓など和楽器の絃を生産しております。
絃の太さやランクに応じて、なんと400種類を超える絃を作っているとか!
凄いですね!!
会社のある滋賀県長浜市は、賤ケ岳の澄んだ雪解け水に恵まれた地域。
その良質で豊かな水を使い、また桑の新芽を食べて育ったお蚕さんによる春繭だけを用いて絃が作られています。
繭から引いた細い生糸を撚(よ)り合わせるのですが、糸の先に独楽(こま)という重りをつけ、ねじりをかけながら撚り合わせていきます。
この機械を使わない「独楽撚り」という伝統技法を現在も継承している会社は、日本においては(おそらく世界においても)「ハシモト」さまだけとのこと。
それはまさに”音”へのこだわりがあってこそ。
人の手によって撚られた糸は、糸の間にわずかな空間が生まれ、大きなホールでも飛ぶような音色になるとのことです。
素晴らしいですよね!

かつては和楽器はすべて絹の絃でした。
ところが戦後に化学繊維がもたらされ、また耐久性や安定性を重視する現代において、絹の絃は敬遠されるようになってしまいました。
ですが琵琶の絃は絹糸でなければなりません。
それは、琵琶は語りの芸能。
人の声に寄り添う楽器だからです。
憂い、悲しみ、苦しみ、慈しみ、喜び…
そのような感情の機微を表現するために琵琶の音色に求められるのは、
”深みのある響き”
そして”美しい余韻”。
琵琶は絃が命。
その命は、琵琶湖のほとりの老舗の会社によって守られているのです。
「丸三ハシモト株式会社」
https://www.marusan-hashimoto.com/
絃のお話はまた次回に続きます。