「耳を澄ませる」
すると、そこにはまた別の世界が広がっているような気がします。
私たちは普段、目から多くの情報を受け取っています。
そして、物語は「目」で楽しんでいます。
活字を読み、映画や動画を観る――
そんなふうに。
けれども本来、物語とは「耳で聴くもの」でした。
昔は文字を読める人が限られていたため、人々は琵琶法師のような語り手の声に耳を傾け、その言葉から、自分の心の中に情景を描いていたのです。
つまり、同じ話を聞いても、思い浮かぶ風景は人それぞれ異なったということです。
百人いれば、百通りの物語が生まれる。
そしてそこには、映像にはない”自由さ”がある。
琵琶の音色は、とても特徴的です。
余韻が美しく、ときには意図的に“かすれ”のような繊細な音を奏でたり、揺らぎや不安定さを感じさせる響きを生み出します。
まるで琵琶そのものが、喜怒哀楽を表現しているかのように…。
その豊かな響きが言葉と重なり合うことで、聞き手の心の中に情景が広がっていく。
そして、人々の心にも深い余韻を残していく。
私は、それこそが”語り物芸能”である「琵琶」の魅力だと思っています。
『言葉だけでは届かない感情を、琵琶の音色が補い、音色だけでは表しきれない物語を、語りが導いていく。』
映像は、誰もが同じ景色を見ることができます。
しかし、耳で聴く物語には、「想像する余白」があります。
つまり聞き手それぞれが、自分だけの景色を自由に心の中に描くことができるのです。
便利すぎるこの時代だからこそ、ときには目を閉じ、耳を澄ませ、自分の内側に立ち上がる物語を味わう。
それはおそらく、
とても静かで、とても豊かな時間なのではないでしょうか。


